「謎を積む」という行為

このブログを読んでくださる方の多くは、謎を解くのが好きで好きでたまらない!という方がほとんどだと思います。
でなきゃ、わざわざこのブログを訪問なぞしてくださらないと思いますので……

謎解きは、ホール型やルーム型、周遊型などいろいろありますが。
参加した謎解き公演で、いわゆる「お持ち帰り謎」を貰ったり購入したりするのもひとつの楽しみです。

謎解き公演に参加して、物販で売られているクリアファイル謎とか謎缶とか、勢いで買っちゃうじゃん。
家に帰るまでの間に、「早く解きたいなぁ…」とわくわくしながら帰るのです。
でも、家に帰ると途端にその熱が冷めてしまうというか。

私は絶対そんなことはない!と思っていましたが

謎解き歴1年半程度の若輩者の私ですが、謎に対する情熱は負けてない!
お持ち帰り謎もしっかり解いて楽しむ! という気概を持って取り組んでいた……

つもりでした。

あの気概はどこに行ってしまったんですかね…??

解いた謎と、解かずに放置されている謎は大体半々くらい。

ルネ脱出のときにもらった団員先行のしおり。
あれを持っているからと飛びついて購入した『ルネと不思議な箱』
しおりはおろか、本自体についているアイテム類もどこにしまったのか。
(整理整頓が基本苦手←謎クラとして失格)

ゴジラ脱出にあわせて販売されている謎缶3個セット。
わざわざ日を改めてTMCまで出向いて購入したのに、まだ一切手を付けておりません。

どうしてこんなことになってしまったのか……

なぜ、人は謎を積んでしまうのか

時間が無い、もしくは面倒くさい

「時間がないなんて言い訳、時間は作り出すもの」
という、デキる男の主張があるのは重々承知。

それでもあえて言いたい。
面倒くさいんだ、と。

やっぱ家にいると、ダラダラしたくなるし。
やらなきゃいけないことだって、それなりにあるわけです。
謎解きの優先度って、高いか低いかでいったら低いでしょ。
いつでもできるわけだし。

この「いつでもできる」という思考が大変厄介でありまして。
「いつでもできる」の「いつ」は「いつ」やってくるかというと、いつまで経ってもやってこないのですよ。
じゃなきゃ積んでない。

公演の雰囲気が好きなだけ、謎を解くのは別次元

公演会場の雰囲気であったり、一緒にいくメンツとのやりとりだったり。
謎解きの楽しさって、イコール「謎を解く楽しさ」とは別のところにあることも多々あります。

実際私もそうです。
もちろん謎を解くことそのものを楽しんでいるつもりですが、実際気が付いたら謎が解けてた(特にルーム型)ということもたくさんあり、謎を解くことそのものよりも別のことが楽しかったりするわけです。

それに対して、お持ち帰り謎というのは1対1で謎と対峙しなきゃいけない。
公演会場の雰囲気とか、同席した人とのやりとりとか、一切無縁。
それがプレッシャーに感じるということはあるのかなぁ、と。

難しくて、積んじゃう

公演だったら、一緒に参加する人が(知っている人だろうが、初対面の人だろうが)必ずいるので、わからない問題があってもわかる人にお願いすればいいだけの話。

一方、お持ち帰り謎って、それが難しいでしょ?
SNS等の通信手段が発達したから、ヒントを聞きやすい環境はできているけど、基本はヒント止まり。
最終的には自分で解くことを前提としているわけです。

そうなると、難しい問題に直面すると心が折れちゃうんです。
特に、問題からして面倒くさそうだなー…と思う謎は特に!

『ジョジョの奇妙な館からの脱出』のオリジナルキャラクター「ディジャ・メイカー」クリアファイル謎が壮絶にそんな感じ。
問題文を読むだけで「あ、これ無理だ」と思いましたもん。
クリアファイルは全部買いましたけど、こいつの謎だけ解いてません。
解く気もあまり起きない…

謎を積むのは普通のこと

世間では、「積み謎を解く会」なんてのも開かれているくらいですから。
「謎を積む」という行為は、特別悪いことではないのです。

だから、みんなで積み謎を一緒に消化すればいいじゃない。
ひとりはしんどくても、仲間がいれば大丈夫。

そして、こう誘うのです。
「お前の積み(謎)を数えろ」
と。(これが言いたいだけでブログ記事を書きました)
そして私はそこまで仮面ライダーには詳しくない